2008年 日本放射光学会奨励賞 受賞者について

2008/01/10

2008年 日本放射光学会奨励賞の受賞者についてお知らせします。

日本放射光学会
会長 雨宮慶幸

第12回 日本放射光学会奨励賞

若林裕助 会員
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
放射光共鳴散乱を応用した軌道・電荷秩序の観測手法の開発研究
受賞理由
 若林裕助氏は、共鳴X線散乱、散漫散乱などを組み合わせることによって強相関電子系物質の軌道秩序・電荷秩序の研究を行ない大きな成果をあげている。共鳴X線散乱は、強相関系物質の軌道秩序を観測する実験手段として広く用いられているが、その観測の機構については論争があった。若林裕助氏は、実験的観点から共鳴X線散乱の機構の解明に取り組み、共鳴X線散乱が、当初考えられていたような電荷の異方的分布による現象ではなく、電荷分布の異方性を反映して現れるヤーン・テーラー歪による現象であることを明らかにし、異方的電荷分布をもつ物質の構造物性の解明に対する共鳴X線散乱の適用法を確立した。さらに、この手法を適用して、金属絶縁体一次転移を示すマンガン酸化物薄膜の歪モードによる軌道秩序の形成のメカニズムを明らかにすることに成功した。また、若林裕助氏は、金属イオンの価数配列が三次元秩序を持たず一次元鎖内でしか秩序化していない有機物質の鎖内の価数配列を、散漫散乱強度の空間分布状態とエネルギースペクトル依存性によって決定することに成功し、低次元秩序しかもたない物質の電荷秩序構造を決定する手法を確立した。
 以上のように、放射光の回折実験による電荷秩序・軌道秩序の研究に新たな展開を付与した若林裕助氏の功績は大きく、日本放射光学会奨励賞に十分に値するものであり、また、今後の発展が期待できる若手研究者である。

受賞研究報告 学会誌 vol.21 No.2 (2008)

堀場 弘司 会員
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻
軟X線・硬X線光電子分光による強相関化合物の電子状態の研究
受賞理由
 堀場弘司氏は放射光を用いた光電子分光の研究に従事し、PFのBL-1Cの設計、建設、分光特性評価、角度分解光電子分光システムの建設で中心的な役割を果たし、レーザーMBE法を用いたLa1-xSrxMnO3系薄膜のコンビナトリアル結晶成長とin situ軟X線光電子分光とX線吸収分光を組み合わせた解析法の確立に大きな貢献を成した。強相関系酸化物について従来は主に劈開できる二次元結晶のARPESしか行えなかったが、このシステムを用いることにより、三次元結晶の真の電子状態が初めて解明出来るようになった。さらに様々な表面や界面における電子状態を解明し、三次元結晶の電子構造やヘテロ界面電子構造の放射光解析という新しい研究分野を切り拓いてきた。さらに、SPring-8のBL17SUビームラインに新しくレーザーMBEを含む角度分解光電子分光システムを構築し、強相関系酸化物薄膜の電子状態の解析に大きな成果を挙げている。
 一方、 SPring-8の特徴である硬X線を用いた高分解能光電子分光を活用して、LSMO薄膜のMn 2p 内殻準位スペクトルに現れるwell-screened stateを初めて見出し、そのメカニズムを解明した。また、価電子帯の電子状態を内殻準位スペクトルで解析することにより、埋もれた界面での電子状態や基板からの歪みでmodifyされる電子状態を明瞭に識別する手法を応用した実験を行い大きな注目を集めた。
 以上のように、堀場弘司氏の放射光科学における功績は大きく、日本放射光学会奨励賞に十分に値するものであり、また、今後の発展が期待できる若手研究者である。

受賞研究報告 学会誌 vol.21 No.2 (2008)

加藤 健一 会員
理化学研究所・播磨研究所
放射光粉末回折法による光誘起構造物性の研究
受賞理由
 加藤健一氏は、SPring-8で展開される放射光粉末回折マキシマムエントロピー法(MEM)による電子密度マッピングの研究をベースに、光誘起構造相転移のその場観察システムを構築し、光誘起現象による構造変化を電子分布レベルで明らかにできることを実験的に示した。具体的には、粉末試料法を用いることによって、観測対象となる結晶粒径を数μmとすることで、レーザー光の侵入長と結晶サイズを同程度とし、プローブ光であるX線に比べると励起光可視光レーザーの侵入長が物質のごく表面に限られるためにX線構造解析の精度を上げることが困難であるという問題点を解決した。更に独自に考案した光照射下実験と試料充填法の改良により、光誘起効率を10倍以上高くし、実験精度を飛躍的に向上させた。この方法で、測定したデータにMEMを適用して高精度電子密度マッピングをできるようにして、放射光による光誘起相転移の構造研究の基礎を築いた。この手法を、光に対する物性の応答速度が異なる、光誘起磁性を示す遷移金属シアノ錯体RbMn[Fe(CN)6]、光誘起LS-HS転移を示すスピンクロスオーバー錯体Fe(phen)2(NCS)2、光誘起金属絶縁体転移を示す有機導体(EDO-TTF)2PF6などに適用し、それぞれの光誘起現象に対して電子密度レベルでの構造変化を解明した。
 以上のように、放射光利用研究において新たな展開を付与した加藤健一氏の功績は大きく、日本放射光学会奨励賞に十分に値するものであり、また、今後の発展が期待できる若手研究者である。

受賞研究報告 学会誌 vol.21 No.2 (2008)