2010年 日本放射光学会奨励賞 受賞者について

2010/01/10

2010年 日本放射光学会奨励賞の受賞者についてお知らせします。

日本放射光学会
会長 尾嶋正治

第13回 日本放射光学会奨励賞

高橋 幸生 会員
大阪大学大学院工学研究科 附属フロンティア研究センター
コヒーレントX線回折・散乱イメージング技術の開発とその応用
受賞理由
 高橋幸生氏は、放射光X線の最先端利用の一つであるX線のコヒーレントを利用したX線回折顕微鏡法(XDM)の開発を行った。XDMは、アトムプローブ法や電子顕微鏡等の既存の顕微法が苦手とするナノ-メゾスケールサイズ領域の空間分解能で三次元的に観察可能な構造評価技術として、将来のX線自由電子レーザで活躍が期待される手法である。高橋氏は、XDMの心臓部である位相回復アルゴリズムに独創性を発揮し、2000年頃から発表されてきているX線コヒーレンスを利用した二次元イメージングの研究を三次元マイクロイメージングに発展させ、さらに元素識別化、動画化、電子密度定量化を可能とした。手法開発だけにとどまらず、この手法を利用して金属やその合金におけるこれまで観測が困難であった数十nmサイズの析出物の観測に成功し、金属材料強度との関係を議論する上で重要な知見得られるようになったことは、高橋氏が開発した手法が広く産業界にもインパクトを与え、様々な分野で応用されることが大いに期待される。
 高橋氏は、X線自由電子レーザを想定した新しい解析法も提案しており、今後物質中における原子レベルでのダイナミックスの可視化や結晶化困難なたんぱく質の構造評価が可能となるであろう。
 このように高橋幸生氏の放射光科学における功績は大きく、日本放射光学会奨励賞に十分に値するものである。

受賞研究報告 学会誌 vol.23 No.2 (2010)

田中 真人 会員
産業技術総合研究所 計測フロンティア研究部門  光・量子イメージング研究グループ
生体分子の放射光円二色性分光研究
受賞理由
 田中真人氏は、カイラルな構造を持つ生体分子の軟X線・真空紫外領域における円二色性の観測に成功し、学問的にも技術的にも未開拓であった放射光自然円二色性研究の分野を先導し切り拓いている。
 多くの生体分子が持つカイラリティーは、生体分子の機能に根本的に重要な役割を担っている。このため、可視・近紫外領域での円二色性がタンパク質の二次構造を調べる手段として日常的に使用されてきたが、真空紫外領域から軟X線領域にかけての円二色性の観測は未開拓であった。田中氏はSPring-8 BL23に設置された左右円偏光切り替え可能なヘリカル・アンジュレータを用いて、軟X線領域におけるアミノ酸の円二色性に世界で初めて成功した。田中氏はさらに、産業技術総合研究所TERASにおいて、生体分子の円二色性の研究を真空紫外領域にも拡張している。軟X線領域の円二色性の研究は従来理論が先行していたが、田中氏の実験がきっかけとなって理論家を刺激し、理論と実験が同時進行する時代になっている。
 以上のように、生体分子の放射光円二色性分光研究における田中真人氏の研究業績は大きく、日本放射光学会奨励賞に十分に値するものであり、今後の一層の発展を期待するものである。

受賞研究報告 学会誌 vol.23 No.2 (2010)

山根 宏之 会員
自然科学研究機構 分子科学研究所 光分子科学研究領域
高度構造制御による有機薄膜・界面電子状態の精密実験
受賞理由
 山根宏之氏は、高度に構造制御した有機薄膜を調製し、放射光の波長可変性を利用した角度分解光電子分光(ARPES)の精密な測定を行うことで、それまで困難とされていた弱い分子間相互作用のバンド分散を世界で初めて観測した。有機薄膜のバンド分散は非常に小さいため高分解能の測定が必要になるとともに、薄膜内部の構造の乱れや欠陥が多いため、電子構造の精密測定に耐えられるような高品位かつ安定な薄膜を作成しその光電子分光測定を行うことは困難とされていた。山根氏は、高度に配向した単成分有機積層膜を作成し、放射光ARPESによる精密な測定によって、積層方向の弱い分子間相互作用による僅かなバンド分散を観測することに成功した。さらにこの実験結果から、キャリア-の有効質量や移動度などの輸送物性に関わる物理量を引き出せることを示した。この研究は、有機薄膜に対して、理論計算と十分な精度で比較しうる実験データを提供し、物理的議論の俎上に載りにくかった有機薄膜の電子構造と輸送物性を十分議論できるレベルに引き上げた意味でその価値は極めて高く、その後の有機薄膜の電子構造の精緻な研究のさきがけとなった。さらに、山根氏は、このようなアプローチにより、高い正孔移動度を示す有機半導体として最も有名なペンタセンの単分子配向膜に対して、基板との間の界面電子状態の形成とその2次元バンド分散を実験的に実証し、その起源が基板を介した分子間相互作用の増大によるバンド分散の発現という新しい機構の提案をしている。
 以上のように、放射光光電子分光による有機薄膜の電子構造研究のさきがけとなる研究を行い、その有用性を実証した山根宏之氏の放射光科学における研究功績は大きく、日本放射光学会奨励賞に十分に値するものである。

受賞研究報告 学会誌 vol.23 No.2 (2010)