2019年 日本放射光学会 各表彰受賞者について
2019/01/10
2019年 日本放射光学会が贈呈する各表彰の受賞者についてお知らせします。
日本放射光学会
会長 小杉信博
第23回 日本放射光学会奨励賞 |
井上 伊知郎 会員 (INOUE Ichiro)
理化学研究所放射光科学研究センター
XFEL光源の新奇特性の開拓とその利用
受賞理由
井上氏は、XFEL光源の新奇特性の開発、およびその光源を用いた先駆的な実験手法の開拓において顕著な業績を挙げた。特に、最先端のX線光学技術と幅広い加速器技術・X線科学を有機的に結合させながら、 革新的なXFEL光源や実験法の開発を強力に推進した。
具体的な業績として、井上氏は、 SACLAの波長の異なるダブルパルスXFEL発振技術を利用した、X線ポンプX線プローブ法の開発を行なった。磁場シケインによって時間間隔を変えたダブルパルスを用いて、世界最高レベルの強度 (約1019 W/cm2) のX線と物質との相互作用の様子を、フェムト秒の時間分解能で観測することに成功した。また、プリズム光学素子を利用した高調波XFELの抽出とその利用、 破壊型干渉計測に基づく高強度XFELの空間コヒーレンス特性のマッピング、X線強度干渉現象を利用したフェムト秒電子バンチの時間構造決定など、 様々なアプローチによって、XFEL光源の利用技術・評価技術の開拓を行なった。 さらに最近では、 SACLAにおいて 「反射型セルフシード」 という新しい光学技術の開発と実用化を牽引した。 この結果、XFELのパルスエネルギーをほとんど保ったまま、XFELのスペクトルを約1桁狭帯化することに成功し、 実用的なシーディング技術として、利用運転にも用いられるようになった。
以上により、井上伊知郎氏の業績は本学会奨励賞に相応しいものと認められた。
黒田 健太 会員 (KURODA Kenta)
東京大学物性研究所
真空紫外および軟 X 線領域の放射光角度分解光電子分光を用いた新しいトポロジカル物質相の研究
受賞理由
黒田氏は、国内外の放射光施設を利用し、主に角度分解光電子分光(ARPES)の手法を用いてトポロジカル物質の電子状態の研究を行っている。それぞれの放射光施設の特徴を利用した真空紫外から軟X線領域までの広い波長領域を使い分けることで、表面敏感・バルク敏感ARPESによるトポロジカル物質相の新しい特定方法を開拓しており、大きな成果を上げている。特に、セリウムモノプニクタイドCeX (X = P, As, Sb, Bi)の系統的な電子構造の詳細を、軟X線を用いたバルク敏感ARPESにより明らかにし、そのバンド分散から通常の物質相からトポロジカル物質相への相転移を直接観測することに成功している。これまで、表面敏感ARPESを用いて特異な表面状態を観測することで、間接的に物質内部のトポロジーを決定する手法が一般的に用いられてきた中で、バルクの電子状態を観測することにより直接的にトポロジーを特定する画期的な手法を世界で初めて示した。また、カゴメ格子を持つ反強磁性体Mn3Snの測定では、表面敏感・バルク敏感ARPESの両方を用いて、磁性とワイル粒子が融合した新しいトポロジカル物質相を世界で初めて発見することにも成功している。
このような同氏の業績は、放射光によるトポロジカル物質科学研究の新しい基点として価値あるものであり、本学会奨励賞に相応しいものと認められた。
山下 恵太郎 会員 (YAMASHITA Keitaro)
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
高難度タンパク質微小結晶試料から迅速に構造決定を行うシステムの開発
受賞理由
山下氏は、SPring-8の高輝度放射光を活用して高難度タンパク質(結晶化の難度が高いタンパク質)の大量の微小結晶から迅速・高精度に構造決定を行なう全自動システムを開発し、構造生命科学分野の発展に対して非常にインパクトの高い業績をあげている。タンパク質のX線結晶構造解析において、膜タンパク質などの高難度試料では大きな結晶を作成するのは難しく、10ミクロンに満たない数十~数百個の微小結晶から集めた大量のデータを併合して解析を行なうことになるが、測定から解析までをこれまで同様に手動で行なうことは効率面・精度面から問題があった。山下氏は第1に、マウントされた視認するのは困難な多数の微小結晶の位置を正確に同定するソフトウェアSHIKAを開発した。第2に、収集した大量のデータを高精度かつ全自動で解析するためのストラテジーを独自に提唱し、既存のプログラムパッケージを適切な順序とパラメータで組み合わせて実行することで氏の提唱するストラテジーを実現するソフトウェアKAMOを開発した。この結果、既存のシステムと組み合わせて、大量の微小結晶を用いた迅速・高精度な全自動測定解析システムを完成させた。さらに山下氏は同システムを利用して、創薬ターゲットとなる膜タンパク質を始めとする重要な分子の構造解析を多数成功させると共に、その経験に基づきSACLA/SPring-8におけるシリアル結晶学の技術開発にも応用し、多数の成果を発表して国際的にも高く評価されている。
以上により、山下恵太郎氏の業績は本学会奨励賞に相応しいものと認められた。
第6回 日本放射光学会 功労報賞 |
該当者なし
第2回 放射光科学賞 |
雨宮 慶幸氏 (AMEMIYA Yoshiyuki)
東京大学大学院新領域創成科学研究科
X線計測技術と放射光X線産業利用による放射光科学への貢献
受賞理由
雨宮慶幸氏は、2次元X線検出器の開発とそれを利用した小角X線散乱法への展開に関して日本を代表する研究者である
X線検出器の開発は、放射光利用において光源性能を遺憾なく発揮するために重要な課題である。雨宮氏は、2次元X線検出器であるIP(イメージングプレート)を用いたX線回折・散乱計測システムの開発に成功した。X線検出器は、それまではゼロ次元、一次元検出器が主流で、二次元検出器は写真乾板であったが、IPは、定量性、ダイナミックレンジ、位置分解のすべてにおいてこれまでの検出器の性能を凌駕しており、第二世代光源および第三世代光源の前半までは、X線回折・散乱実験において世界中の放射光施設で活躍した。特に世界中でタンパク質構造解析が加速度的に実行されたのはIPが利用されるようになったからである。更に、IPの不得意であった実時間測定に適する検出器の開発にも成功している。企業と共同開発したイメージインテンシファイア付きCCD型X線検出器で、主に日本の放射光施設でのX線小角散乱の実時間測定においてしばらく標準的な検出器となった。
雨宮氏の貢献として、X線検出器の開発だけに留まらず、放射光の位相と偏光特性の制御によるX線光学の基礎と応用に関する数々の成果の他、企業との共同研究を積極的に推進し、具体的な製品開発に繋がる成果を上げている点も高く評価される。具体例として、毛髪のうねりの原因を、マイクロビームを利用した小角X線散乱法によって分子、細胞レベルで定量的に明らかにし、シャンプーなどの新製品開発に導いた成果、時分割二次元極小角X線散乱法により、ナノメートルからマイクロメートルにおけるゴム中のナノ粒子階層構造を解析し、低燃費タイヤの新製品開発に導いた成果などがあげられる。
以上のように雨宮慶幸氏は我が国の放射光科学の発展に著しい貢献をしており、本学会放射光科学賞に相応しい研究者と認められた。