2023年 日本放射光学会 各表彰受賞者について

2023/01/18

2023年 日本放射光学会が贈呈する各表彰の受賞者についてお知らせします。

日本放射光学会
会長 横山利彦

第27回 日本放射光学会奨励賞

石井 祐太 会員 (ISHII Yuta)
東北大学 大学院理学研究科
軟X線の回折・散乱を利用した計測手法の開拓による先端的磁性研究
受賞理由
 石井祐太氏は、強誘電性と磁性が共存するマルチフェロイック物質の強誘電性の機構を解明するために、共鳴軟X線散乱とμSR (ミュオンスピン緩和法)を相補的に利用して酸素のスピン偏極を定量的に測定し、磁気サイクロイド構造に起因する強誘電性の起源が酸素のスピン偏極や電子状態に関係していることを示した。これはマルチフェロイック物質の強誘電性の微視的な機構に新たな観点から迫る独創的な研究である。
 石井氏はさらに、軟X線領域の光渦を磁性体研究に応用できる可能性に着目し、参照光と散乱光の干渉効果を利用したインラインホログラフィー測定のセットアップを軟X線顕微鏡装置内に構築することによって、光渦の螺旋型位相分布の直接可視化、およびそれを特徴づけるトポロジカル数の計測を世界に先がけて行った。これは、トポロジカル欠陥構造を持つ磁性体に対して、そのトポロジカル数を観測する有効な測定手法となり得る。現在は、放射光のバンチ構造を利用した時分割測定とXMCD測定を組み合わせた時間分解XMCD測定によって、外場誘起されたスピンの歳差運動のピコ秒スケール計測を進めている。
 石井氏は、放射光軟X線に関する計測手法の開拓を精力的に行っており、放射光利用研究において先端的役割を担うことが期待される。以上により、石井祐太氏は第27回日本放射光学会奨励賞に相応しいものと認められる。

久保田 雄也 会員 (KUBOTA Yuya)
理化学研究所 放射光科学研究センター
軟X線共鳴MOKE法の開発と物性研究への応用
受賞理由
 久保田雄也氏は、SPring-8のBL07LSUにおいて分割型クロスアンジュレータの高速偏光スイッチングを活用した偏光変調法を立ち上げ、これを基盤技術として吸収端近傍の共鳴条件を用いた軟X線共鳴MOKE法を開発し、MCD と旋光性の同時計測を実現した。これにより、磁気光学効果を完全に記述する複素誘電率テンソルを、軟X線領域において世界で初めて直接決定するとともに、元素選択的に、かつ可視光領域と比べて数十倍以上という高い感度で、電子構造や光学遷移に関する詳細な情報が得られることを実験的に実証した。
 さらに、SACLAの軟X線FELビームラインBL1において、回転楕円ミラーの導入と、フェムト秒光学レーザーとの同期計測基盤の整備を行い、スピントロニクス・非線形光学実験ステーションを構築することで、軟X線共鳴MOKE法の空間分解能・時間分解能を飛躍的に向上させた。最近は、X線と赤外・可視光ともに透明な新規窓材を見いだしクライオスタットに装着することで、10 K 以下の極低温における時間分解X線回折測定に取り組んでいる。
 久保田氏は、最先端の放射光・XFELを駆使した革新的な物性研究手法の開発を一貫して行うとともに、国内・海外の物性研究のエキスパートと共同研究を重ねており、放射光と物性物理のコミュニティをつなぐ重要な若手となっている。以上により、久保田雄也氏は第27回日本放射光学会奨励賞に相応しいものと認められる。

原野 貴幸 会員 (HARANO Takayuki)
日本製鉄株式会社 技術開発本部
走査型透過X線顕微鏡による構造材料中の化学構造の不均一性の研究とその産業への応用
受賞理由
 原野貴幸氏は、放射光の特徴である偏光を活かした分光法と、不均一な構造材料の観察に必須なイメージング法の両方の特長を合わせ持つ走査型透過X線顕微鏡(STXM)の構造材料研究への可能性に着目した。π *軌道による吸収の方位角依存性から、炭素繊維を構成する微細な黒鉛結晶の配向方向をサブミクロンの空間分解能で可視化する手法を開発し、黒鉛の微結晶が配向ドメインの集合体であることを初めて明らかにした。また、X線吸収の方位角依存性の測定時間を半分以下に短縮する新たな装置の設計・開発や、表面敏感な電子収量と透過X線の同時測定によって、表面の不純物由来シグナルを分離する新たな方法の開発などを行い、鉄鋼材料内部の微量炭素の化学構造の空間分布の可視化に成功するなど、従来のSTXMではなし得なかった新たな領域を開拓した。原野氏の炭素繊維、鉄鋼材料に関する成果は、学術界にとどまらず産業界(材料設計・開発)の発展にも大きく貢献している。
 このように原野氏の業績は、STXMの新たな計測法・計測装置の開発のみならず、それを駆使して産業応用の新たな道を切り拓いた成果であり、学術・産業応用の両面から高く評価される。以上により、原野貴幸氏は第27回日本放射光学会奨励賞に相応しいものと認められる。

第10回 日本放射光学会 功労報賞

中村 永研氏 (NAKAMURA Eiken)
自然科学研究機構分子科学研究所極端紫外光研究施設
受賞理由
 中村永研氏は、分子科学研究所UVSORの共同利用が開始された1984年に着任して以来今日まで合計33年の長期にわたって、ビームラインの高度化と多くの共同利用者の研究を支援してきた。また、あいちシンクロトロン光センターの真空紫外軟X線ビームラインBL7U の分光光学系の調整・最適化から性能評価までを担当し、多大な貢献・活躍をした。
 中村氏は数多くの業績の中で特筆すべきものとして、L字型水冷四象限スリット駆動機構の開発がある。駆動用のパルスモーター軸を全て鉛直方向に配置しながらも、鉛直・水平方向の全開口制御可能な駆動機構を開発し、従来と同等の性能を、数分の1の大きさで実現した。UVSORのような小型の光源加速器では必須の技術であり、偏光磁石ビームラインでの先端的表面薄膜磁性研究、アンジュレータビームラインでの電子状態の精密計測、軟X線顕微鏡によるリュウグウ試料分析等の利用につながった。
 また、世界最高性能の小型放射光源として、大学共同利用研究を通した若手研究者の育成や大学院生の教育にも大きく寄与している。誠実できめ細かい対応でユーザーや施設・研究所スタッフからの信頼も厚い。以上、中村氏の小型放射光ビームラインの基盤技術の開発に尽力し、国内外のユーザー利用を支えてきた実績は、日本放射光学会功労報賞に相応しいものと認められる。

第6回 放射光科学賞

谷口 雅樹氏 (TANIGUCHI Masaki)
広島大学放射光科学研究センター
真空紫外領域の光電子分光を用いた固体物理学研究と放射光科学への貢献
受賞理由
 谷口雅樹氏は、真空紫外領域の光電子分光を用いた固体物理学研究において先導的な役割を果たした。固体の電気的、磁気的、熱的性質は、その内部に潜む電子状態が支配していると言っても過言ではない。光電子分光を用いてそれらの電子状態を実験的に明らかにすることは、より高い機能性を持つ物質開発への指導原理を得ることができ、大変重要である。谷口氏は、その重要性を最大限に認識し、広島大学において小型放射光蓄積リングHiSORの設立に中心的な役割を果たし、そこに設置されたアンジュレータービームライン全てを光電子分光専用ステーションとした。それらのエンドステーションに固体中の電子の量子状態(エネルギー、運動量、スピン)を高分解能・高効率で計測できるシステムを構築した。 特に銅酸化物高温超伝導体をはじめとする強相関電子系について精密電子構造解析を精力的に行い、顕著な研究成果を多数輩出した。さらに国内外の共同研究を推進し、多くの研究成果を輩出しただけでなく、国内外の若手人材育成にも大きな貢献を果たした。
  このように、谷口雅樹氏は、真空紫外領域の光電子分光を中心として放射光科学とコミュニティーの発展に著しく貢献してきた。以上により、谷口雅樹氏は第6回放射光科学賞に相応しいものと認められる。

第1回 高良・佐々木賞

原田 慈久 会員 (HARADA Yoshihisa)
東京大学物性研究所
軟X線発光分光による先駆的液体科学学理の開拓とその応用展開
受賞理由
 原田慈久氏は、物質科学研究における軟X線発光分光の有用性にいち早く注目し、数々の先駆的な研究を行ってきた。代表的な研究として、水の電子状態解析を挙げることができる。本研究では、超純水の高分解能軟X線発光測定と、その同位体効果・温度依存性・偏光依存性などの多角的な分析によって、液体の水構造は不均一であり、主に密度が異なる2つの動的状態が存在していることを見出した。本研究成果は従来の水構造のモデルに一石を投じ、水の構造を電子状態レベルで議論する新しい研究の流れにつながっている。また、本研究を通じて開発された試料環境制御技術は広く応用展開され、溶液中の機能性高分子材料の水素結合の評価や、電池材料のその場観察研究などへと進展している。今後運用が開始される次世代放射光施設においても、中心的研究の1つとして発展することが期待される。 
  このように原田慈久氏が開拓した軟X線発光分光研究は、我が国の放射光科学の発展に大きく貢献してきた。以上により、原田慈久氏は第1回日本放射光学会高良・佐々木賞に相応しいものと認められる。

三村 秀和 会員 (MIMURA Hidekazu)
東京大学大学院 工学系研究科 精密工学専攻
軟X線から硬X線領域にわたる放射光ミラーに関する研究開発
受賞理由
 三村秀和氏は、20年あまりにわたり硬X線、および軟X線領域の放射光用X線ミラーの開発と、その応用研究を精力的に進めてきた。三村氏の成果に基づくX線ナノ集光ミラーは、SPring-8やSACLAをはじめとする世界の放射光施設で広く用いられており、X線光学の分野における我が国の主導的な地位の堅持・強化に大きく貢献してきた。
  2000年頃から2010年頃に大阪大学で行われた硬X線ミラーの開発については、三村氏はその作製・評価技術を年々向上させ、多層膜ミラーによるsub-10 nm集光など、世界記録を次々と塗り替えていった。またSACLAにおいてはXFELの50 nm集光も達成し、SACLAにおける非線形X線光学研究の発展に多大な貢献をした。
  2011年以降に東京大学で行われた軟X線ミラーの開発については、曲率半径数10 mm程度の曲面形状が必要なため、その作製は極めて困難であるが、三村氏は、回転体ミラーという極めて独創的な軟X線集光ミラーを考案して、その加工、計測技術をゼロから開発し、SPring-8において軟X線の100 nm集光に成功するとともに、その後のSPring-8、SACLAにおける様々な利用研究に貢献した。
  このように三村氏は、硬X線および軟X線領域の放射光集光技術の研究開発、実用化、それらの波及分野において傑出した業績をあげてきた。以上により、三村秀和氏は第1回日本放射光学会高良・佐々木賞に相応しいものと認められる。