2024年 日本放射光学会 各表彰受賞者について
2023/10/30
2024年 日本放射光学会が贈呈する各表彰の受賞者についてお知らせします。
日本放射光学会
会長 足立 伸一
第7回 放射光科学賞 |
藤森 淳氏 (FUJIMORI Atsushi)
東京大学
放射光分光を用いた強相関電子系の電子構造研究による放射光科学への貢献
受賞理由
藤森淳氏は、真空紫外~軟X線領域の光電子分光・磁気円二色性を用いた固体物理学研究において、優れた先駆的研究成果を数多く挙げてきた。クラスターモデルの配置間相互作用計算を活用した軟X線吸収分光・共鳴光電子分光による強相関電子系の研究手法を開拓し、銅酸化物高温超伝導体が強相関電子系であることを実験的に初めて明らかにした。角度分解光電子分光による研究では、高温超伝導体のフェルミ面や擬ギャップ、鉄系超伝導体等の準粒子構造を明らかにした。また、光電子分光・磁気円二色性による強磁性半導体の研究では、強磁性発現機構解明に資する成果を挙げた。
さらに同氏は、国際的な共同研究・交流、様々な学界活動を通じて、我が国の放射光科学の地位向上に貢献した。特に、アジアにおける放射光分光振興の指導的な役割を果たした。加えて、大学院教育にも尽力し、博士学位取得者は50名を超え、うち約30名が放射光分光に携わる研究者として活躍し、教授・准教授を20名以上輩出していることは特筆に値する。
以上のように、同氏は放射光分光と理論的解析手法を組み合わせることで、我が国の放射光を用いた物性研究を世界に伍するレベルに引き上げ、放射光科学の発展に著しい貢献を果たしてきており、第7回放射光科学賞に相応しいと判断した。
第2回 日本放射光学会高良・佐々木賞 |
髙橋 幸生 会員 (TAKAHASHI Yukio)
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
コヒーレントX線回折によるナノ構造イメージングの新原理開拓とその応用展開
受賞理由
髙橋幸生氏は我が国におけるコヒーレントX線回折研究のパイオニアの一人であり、今日まで20年近くに渡って基礎研究から応用展開まで幅広く推進してきた。例えば、2009年当時利用可能になった高精度集光ミラーをいち早く取り入れ、2 nmという高い空間分解能を達成した。これは現在でもコヒーレント回折イメージングの最高分解能記録である。また、X線タイコグラフィとX線吸収分光法を融合させて、世界で初めて硬X線領域でスペクトロタイコグラフィを成功させた。そして、この新手法を酸素吸蔵放出材料に応用し、その有用性を実証した。さらに、マルチスライス法を応用したX線タイコグラフィで3次元ナノイメージングを実現し、これもプロセッサやメモリデバイスの非破壊観察に展開した。その他にも、元素識別イメージング、転位歪み場イメージング、空間フィルターやインラインホログラフィを活用した高感度イメージングといったオリジナリティの高い研究を世界に発信している。
このように髙橋幸生氏は、X線におけるコヒーレンスという概念の黎明期から世界と伍してコヒーレントX線回折の研究をリードし、我が国の放射光科学の発展に貢献してきた。以上により、髙橋幸生氏は第2回日本放射光学会高良・佐々木賞に相応しいと判断した。
第28回 日本放射光学会奨励賞 |
坂本 祥哉 会員 (SAKAMOTO Shoya)
東京大学 物性研究所
軟X線磁気円二色性によるスピントロニクス薄膜の磁性と電子構造の研究
受賞理由
坂本祥哉氏は、大きなトンネル磁気抵抗効果と垂直磁気異方性を示すFe/MgO界面に注目し、深さ分解軟X線磁気円二色性(XMCD)によって界面における軌道磁気モーメントの著しい増大を初めて観測するとともに、その起源が電子相関に由来することを見出した。さらに、LiFが挿入されたFe/LiF/MgOへと研究を発展させ、ここでも垂直磁気異方性が電子相関によって増大することをXMCDによって検証し、スピントロニクス薄膜研究に新たな方向性を提示した。
坂本氏はさらに、高速動作の期待される反強磁性体Mn3Snに注目し、従来の常識を覆して逆三角スピン構造に由来するXMCD信号を観測した。本成果は、反強磁性体の電気的制御や磁気抵抗効果の実現に対して、新たな展望を開いた重要な成果である。また、スピントロニクス薄膜研究以外にも、PFにおけるベクトル磁場XMCD装置の開発、SPring-8における電流印加下でのタイコグラフィー開発などにも積極的に取り組み、スピントロニクスの薄膜・デバイス開発と、軟X線分光研究の両面で活発な研究活動を展開している。
坂本氏は、最先端の軟X線分光を駆使した磁性研究で優れた業績を上げるとともに、放射光軟X線に関する計測手法の開拓を精力的に行ってきた。以上により、坂本祥哉氏は第28回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。
堀尾 眞史 会員 (HORIO Masafumi)
東京大学 物性研究所
広範エネルギー領域放射光光電子分光を駆使した高温超伝導体の電子状態解明
受賞理由
堀尾眞史氏は、真空紫外のみならず硬X線を活用することで、銅酸化物高温超伝導体の未踏課題であった、母物質超伝導体と称されてきた銅酸化物が、実効的に電子ドープ状態にあることを明らかにし、母物質超伝導の議論に決定的な影響をもたらした。またホールドープ型銅酸化物の電子状態の3次元性を、軟X線を利用してバルク敏感性と高波数分解能を両立させることで実験的に明らかにし、定量的な銅酸化物の物性理解に大きく貢献した。以上のように、堀尾氏は、真空紫外から硬X線に至る広範なエネルギー帯における光電子分光の特性を最大限に利活用することで、銅酸化物高温超伝導体の未踏課題に実験的解決を与えたことは注目に値する。
また、 SPring-8 の東大専用BLであったBL07LSU に常駐し、分割型アンジュレータを利用した軟X線の直線偏光角回転による元素選択的な異方性の検出や、 SACLA BL1 での軟X線第二次高調波発生による元素選択的な空間反転対称性の破れの検出など、新規X 線分光手法の開発への貢献も高く評価でき、今後これらの新規分光法を用いたさらなる研究の発展が期待される。以上により、堀尾眞史氏は第28回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。
山田 純平 会員 (YAMADA Jumpei)
大阪大学 大学院工学研究科 附属精密工学研究センター
硬X線結像ミラー光学系の開発とナノイメージング・ナノ集光への応用
受賞理由
放射光施設の硬X線ビームラインにおいて2枚の楕円ミラーによるKB配置に基づく集光システムが広く用いられている。しかしながら、アッベの正弦条件を満たしておらず、強いコマ収差を有しているため、入射角の偏差に対する許容度が小さく、長時間にわたって集光条件を維持することやX線結像光学系への応用は不可能であった。山田氏はこれらを解決するため、全く新しい硬X線結像ミラー光学系を提案・構築し、X線ビームライン光学技術を大きく発展させた。
山田氏は、凹面・凸面ミラーを組み合わせたWolter-III 型光学系を考案し、全長2 m、50 nmの空間分解能をもつ結像型X線顕微鏡を開発した。SPring-8ではすでにナノX線CTに活用されている。次に、プリズムとAKB光学系を組み合せたX線ナノビームスキャナーを開発した。実際に50 nm線幅の解像に成功し、1 nm以下のビームスキャン精度が可能であることを示した。さらに、結像ミラー光学系をX線自由電子レーザー(XFEL)の極限ナノ集光に応用し、1022 W/cm2という極めて高い集光強度を実現した。
このように、山田氏は、優れた発想力と粘り強い研究開発能力をともに備えた稀有な人材であり、第28回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。
第11回 日本放射光学会 功労報賞 |
小口 拓世氏 (OGUCHI Takuyo)
(公財)高輝度光科学研究センター
受賞理由
小口拓世氏は、SPring-8の黎明期から25年以上にわたり、数多くのビームラインの立上げに携わり、共用開始後には主に共用ビームラインの放射光実験を陰の立役者として支えつつ、ビームライン担当者が主導する実験装置の高性能化支援に従事した。2015年からは技術支援チームのチームリーダとして、のべ28名にのぼる技術員を率い、一貫して現場の多種多様な課題に対して、幅広く、迅速な技術支援に取り組んできた。
SPring-8建設当初にはビームラインインターロックや放射線遮蔽ハッチの検査に携わり、利用期には、ビームタイム中に様々な問題に直面している利用者のために、臨機応変に試料ジグやホルダの機械工作、大型機器の設置・調整に即応した。超高分解能アナライザ結晶の温度を精密に調整する温調装置の実装や、高精度で巨大なエアースライドステージの滑らかな動きの維持など、同氏の広汎な貢献は、SPring-8の精密機器の安定化と普及のために不可欠であった。また、施設公開に際して率先して多様な実務を担ってきた.組織の枠を超えて相談を持ちかけられることも多く、放射光利用者としての経験を活かした小口氏は広く頼りにされている。
以上、小口氏は、利用者との架け橋となり、放射光科学を支える技術支援者として模範となる存在であり、日本放射光学会功労報賞に相応しいと判断した。
小菅 隆氏 (KOSUGE Takashi)
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
受賞理由
小菅 隆氏は、1982年の高エネルギー物理学研究所入所以来、 フォトンファクトリーの施設やビームラインに関わる業務として、ビームライン管理システムや制御システムの開発・運用・管理・利用支援・高度化に従事してきた。また、各種サーバー、ネットワークなどの IT インフラの整備、放射線安全、 ビームライン安全検査などを担当し、施設を長年支えてきた。人材育成や国際交流に関しても、技術交流会の主催や、DESY との共同研究、加速器関連会議の JACoW や PCaPAC への協力など、多岐にわたる活動を積極的に行い、放射光技術のみならず加速器技術全体の普及活動にも大きく貢献してきた。
小菅氏の数多くの業績の中でも特筆すべきものとしては、ビームラインインターロックシステムの開発を担当し、全てのビームラインの安全系に関する開発・運用・管理・高度化を担当したこと、 ビームライン安全システムの開発を通じ、ネットワーク型の制御システムの開発に着手し、メッセージ配信システムSTARSを独自に開発し、上記インターロックシステムやビームライン制御システムに導入したことが挙げられる。
以上、小菅氏は、放射光科学を支える技術者として、技術スタッフ全体の模範となる存在であり、日本放射光学会功労報賞に相応しいと判断した。