2025年 日本放射光学会 各表彰受賞者について
2024/10/30
2025年 日本放射光学会が贈呈する各表彰の受賞者についてお知らせします。
日本放射光学会
会長 足立 伸一
第8回 放射光科学賞 |
小杉 信博氏 (KOSUGI Nobuhiro)
大阪大学 核物理研究センター
内殻励起による局所電子構造研究と放射光分子科学への貢献
受賞理由
小杉信博氏は、これまで40年以上にわたって、分子系を中心とした理論と実験、軟X線から硬X線、気体・液体・固体などの広い視野で、放射光X線吸収分光による内殻励起の分子科学において、数々の優れた先駆的な研究成果を挙げてきた。内殻励起の量子化学理論の構築においては、独自の量子化学プログラムの開発に取り組み、汎用プログラムでは求めることが困難な内殻励起状態を安定的に得られる手法などを組み込むことに成功し、国内外の研究者との共同研究を幅広く推進した。金属錯体、分子クラスター、溶液などのX線吸収に観測される内殻励起の化学シフトが、価数ばかりでなく、内殻励起先の軌道の拡がりや異方性に依存した交換相互作用と誘起双極子相互作用のバランスや配位子場によって決まっていることを実験・理論の両面から明らかにした。また、気体分子の内殻励起後の解離イオン収量の偏光依存性を調べ、近接した内殻励起状態間の振電相互作用、多重励起構造、非断熱遷移、スピン軌道・分子場分裂など、多原子分子における異方的多重構造が解明できる独創的な分子分光法を確立した。
さらに同氏は、UVSOR の二度の高度化やPhoton Factory を含めた異種量子ビーム施設間の連携を推進するともに、多方面で国際的な研究活動を主導するなど、我が国の放射光科学の発展に著しく貢献を果たしてきており、第8回放射光科学賞に相応しいと判断した。
第3回 日本放射光学会高良・佐々木賞 |
奥田 太一 会員 (OKUDA Taichi)
広島大学 放射光科学研究所
高効率光電子スピン検出器の開発とその世界的普及
受賞理由
奥田太一氏はこれまで多くの光電子スピン検出器の開発とその利用研究に取り組んできた。スピン分解光電子分光法は、光電子のエネルギーとスピンを弁別する実験手法であるが、90年代頃まで利用されていたMott型スピン検出器は検出効率が極めて低く、その利用は限られていた。奥田氏は2008年に酸化膜で保護された強磁性体薄膜を用いた超低速電子線回折(Very Low-Energy Electron Diffraction: VLEED)型スピン検出器の開発に成功した。それまでの約100倍の検出効率と約10倍のエネルギー・角度の高分解能化を実現した。また、本検出器を2台直角に配置することで、光電子のスピンを三次元的に可視化できる装置へ改良し、電子状態の完全決定を可能にした。Rashba物質やトポロジカル物質などの新奇機能性材料のスピン電子状態の解明にこれらの装置は絶大な威力を発揮し、我が国の固体分光研究の優位性を世界に示すきっかけとなった。このスピン検出器技術は多くの内外放射光施設におけるVLEED検出器を利用したスピン分解光電子分光装置開発や、レーザースピン分解光電子分光装置にも利用されており、時空間分解高分解能スピン分解光電子分光法という新たな潮流となった。奥田氏は、これまでSOR 施設、物性研つくば分室(PF)、HiSOR と、我が国の放射光施設と常に関わりを持ち、放射光関係の評議員、幹事などを歴任している。
以上の研究業績、日本の放射光科学への貢献度は第3回日本放射光学会高良・佐々木賞に相応しいと判断した。
第29回 日本放射光学会奨励賞 |
上田 大貴 会員 (UEDA Hiroki)
Paul Scherrer Institute、 SwissFEL
時間分解X線回折および共鳴非弾性X線散乱による固体結晶中の特異な素励起に関する研究
受賞理由
上田大貴氏は、高度なX線散乱技術を用いて固体結晶中の特異な素励起とその効果を観測可能にした。電場により磁化が誘起されるマルチフェロイック物質に存在する電場と結合したスピン励起、エレクトロマグノンは、スピンと格子の間の相互作用を媒介すると予想されていた。上田氏は高強度THzパルスによりコヒーレントなエレクトロマグノンを励起し、それに伴う格子ダイナミクスを時分割非共鳴硬X線回折で、スピンダイナミクスを時分割共鳴軟X線回折で観測し、エレクトロマグノンの効果を初めて直接観測した。また、キラル物質の中のフォノンがカイラリティを持つ事を、円偏光共鳴非弾性軟X線散乱法により検出できることを初めて実験的に示した。
マルチフェロイック物質の研究、物質の中のカイラリティの研究はどちらも今日の固体物理の中心的話題であり、それらに対して放射光技術による明確な結果を示したことは非常に大きな功績である。以上により、上田大貴氏は第29回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。
鬼頭 俊介 会員 (KITOU Shunsuke)
東京大学大学院 新領域創成科学研究科
放射光X線回折を用いた価電子軌道の可視化
受賞理由
鬼頭俊介氏はX線回折の新たな解析法「コア差フーリエ合成法」を提唱し、物質の様々な性質を支配する価電子について、その密度分布の可視化に成功した。その鍵となるのは、X線回折で得られた実測値から、計算で求めた内殻電子の寄与を差し引き、残差をフーリエ合成するという鬼頭氏のアイディアである。しかし、内殻電子に比べて価電子の密度は非常に低いので、コア差フーリエ合成法の実現には、極めて誤差の少ない回折データを広範囲で取得する必要があった。鬼頭氏は様々な実験的工夫を凝らして、この難題を解決した。そして、遷移金属酸化物と有機分子性結晶について価電子密度分布を明らかにし、コア差フーリエ合成法を実証した。
さらに、鬼頭氏は4f電子系を始めとする、スピン軌道相互作用の強い物質群に対してコア差フーリエ合成法を展開させており、トポロジカル絶縁体といった最先端の物性研究での応用が期待されている。
このように、鬼頭氏はコア差フーリエ合成法を考案・実証し、これを応用展開することで、放射光を用いたX線回折法に新しい可能性を示した。以上により、鬼頭俊介氏は第29回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。
角田 一樹 会員 (SUMIDA Kazuki)
広島大学 放射光科学研究所
スピン・角度分解光電子分光を用いたワイル磁性体薄膜の電子構造の解明
受賞理由
角田一樹氏は、ホイスラー合金系ワイル磁性体薄膜にスピン・角度分解光電子分光測定を世界で初めて適用することに成功した。特に、Co2MnGa薄膜の研究では、巨大熱電能を引き起こすスピン偏極したバンド分散を特定し、電子構造の情報を物質設計にフィードバックすることで、室温・ゼロ磁場における世界最高磁気熱電能を達成した。この成果は、機能性材料の電子構造研究に新たな展望を拓いた重要な成果である。さらに高輝度軟X線を用いて、キャップ層に保護されたワイル磁性体候補物質Co2FeSi薄膜のスピン依存電子構造の観測にも成功している。
一方で、従来のスピン検出器の1000倍の検出効率を誇る反射型マルチチャンネルスピン検出器の開発にも取り組んでおり、放射光を用いた光電子分光実験で優れた業績を上げるとともに、第四世代放射光源の低エミッタンス・ナノ集光ビームを活かした新たな測定手法の開発にも精力的に取り組んでいる点が高く評価される。また、国内外の研究者との共同研究が突出しており、多くの研究成果の創出に貢献している。以上により、角田一樹氏は第29回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。