2026年 日本放射光学会 各表彰受賞者について
2026年 日本放射光学会が贈呈する各表彰の受賞者についてお知らせします。
日本放射光学会
会長 山本雅貴
| 第9回 放射光科学賞 |
高田 昌樹氏 (TAKATA Masaki)
東北大学
放射光可視化科学の開拓と社会実装による放射光科学への貢献
受賞理由
高田氏は、電子顕微鏡による局所構造の可視化研究を出発点とし、情報科学とX線回折データの融合による電子密度分布の高分解能可視化に取組み、SPring-8 BL02B2の高分解能粉末X線回折計の開発を主導し、「最大エントロピー・リートベルト解析法」を確立した。この手法により、金属内包フラーレンの金属内包構造の決定、マンガン酸化物における軌道整列の直接観測、多孔性金属錯体の酸素吸着構造の直接観測に成功して、物質科学分野の放射光利用に大きな進歩をもたらした。また、材料のその場観察を目指した「X線ピンポイント構造計測法」の開発に取組み、相変化型ディスクの結晶-アモルファス相転移を超高速かつピンポイントで可視化することに成功した。超高速な構造変化を詳細に分析するピンポイント計測技術は、単なる基礎研究にとどまらず、産業界にも貢献している。
これらの基礎研究と計測技術を産業界の課題解決に応用するため、日本初のソフトマター研究専用ビームライン「FSBL(SPring-8 BL03XU)」建設を主導して産学連携スキームを構築して、自動車用タイヤの性能向上や高性能な繊維やフィルムの開発等、多くの企業の「ものづくり」と競争力強化に貢献した。その後、東北大学ではNanoTerasuの建設に尽力して本格稼働を実現した。現在、 NanoTerasuは新たな可視化技術を生み出す「イノベーション・エコシステム」として機能を始めている。また、アジア・オセアニア地域の放射光科学の発展を目的としたAOFSRR創設や若手放射光研究者の実践的研修プログラム(Cheironスクール)の創設など国際的にも放射光科学の指導的役割を果たしてきた。
以上のように、高田氏は可視化による基礎科学の探求、計測技術の開発、そしてその価値の産官学での共創体制構築やアジアでの放射光コミュニティ構築など、我が国の放射光科学の発展に著しく貢献してきたことから、第9回放射光科学賞に相応しいと判断した。
| 第30回 日本放射光学会奨励賞 |
井上 陽登 会員 (INOUE Takato)
名古屋大学 大学院工学研究科 物質科学専攻
放射光X線波面制御のためのモノリシック形状可変ミラーの開発
受賞理由
井上氏は、圧電素子駆動型の形状可変ミラーの形状補正を行いX線波面誤差をその場補正する補償光学系での独創的な技術革新を通じ、X線顕微鏡の高性能化に貢献した。
従来の形状可変ミラーは、X線反射ミラー基板とミラー形状を制御する圧電材料が別々となった貼り合わせ構造をもち時間安定性に問題があった。これを克服するため、井上氏は単結晶圧電材料であるニオブ酸リチウムを加工し、「X線の反射」と「形状制御」の両方の機能をもたせ、一体型の形状可変ミラーを提案、開発に成功した。このミラーにより、0.06nmの変形精度をもつ優れた補償光学システムを実現した。
また、井上氏は、ニオブ酸リチウムの分極反転特性に着目し、光学パラメータ可変光学系を実現した。高温加熱で、基板厚みの半分だけ分極方向を反転させ、バイモルフ効果を持たせることで、高い精度を維持しながら大きな形状変化を可能にする技術を発案した。これによって、0.2µmからその3400倍までの広い範囲でX線ビームサイズを変化させる光学パラメータ可変光学系の実現に成功した。
以上のような、井上氏の先端的な形状可変ミラーの成果は、国内外の放射光施設で高く評価され、放射光科学の発展に寄与したことから、第30回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。
島村 勇德 会員 (SHIMAMURA Takenori)
東京大学物性研究所附属極限コヒーレント光科学研究センター
(現所属:Brookhaven National Laboratory NSLS-II)
超小型KBミラーによるナノ集光プローブの開発と応用展開
受賞理由
島村氏は、軟X線のほぼ全域(0.2~2.0 keV)でナノ集光が可能な、長さ2 mm、曲率半径160 mmのミラーに代表される超小型KBミラーを開発した。軟X線のアクロマティックナノ集光には大開口数の集光ミラーが不可欠であるが、従来の光軸方向に長いKBミラーでは、理論上、縮小倍率、アライメント精度の観点で軟X線のナノ集光の実現が難しい。島村氏は、この問題を解決すべく従来の設計を刷新し、上述の超小型KBミラーを考案・設計した。さらに、従来の除去加工法ではなく差分成膜法を新たに採用することで高い形状精度のミラーを実現し、回折限界下でのナノ集光が可能であることを実験的に実証した。
島村氏はさらに、超小型KBミラーを用いたナノ集光プローブ光学系を構築し、2色軟X線照射による蛍光X線分析など、従来は不可能であった実験を可能にした。化学固定した脳神経細胞の観察への応用においては、蛍光X線と吸収X線の同時計測を実現し、両者から元素濃度を定量的に求める反復的アルゴリズムの開発にも成功した。
以上のように、光学素子・光学系の開発からその応用展開に至る島村氏の一連の独創的な研究成果は際立っており、軟X線イメージング技術の発展への寄与なども高く評価されたことから、島村氏は第30回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。
山本 航平 会員 (YAMAMOTO Kohei)
量子科学技術研究開発機構 NanoTerasuセンター
時間分解光誘起磁気現象の解明および超高エネルギー分解能RIXS開発
受賞理由
山本氏は、最先端光源を駆使する装置開発と先端的な物性研究の両面において顕著な業績を挙げてきた。SACLAでは硬X線磁気円二色性および軟X線磁気カー効果の時間分解計測手法を確立し、強磁性体・反強磁性体薄膜における光誘起磁性ダイナミクスを元素ごとに可視化することに成功した。これらはXFELの二重パルス制御を活用した挑戦的な試みであり、元素ごとのスピン過渡状態の観測に世界で初めて道を開いた重要な成果である。
NanoTerasuでは超高エネルギー分解能RIXS装置の立ち上げにおいて中核的役割を果たした。既存機能の単なる組み合わせとしてではなく、複雑な光学系を物理モデルに基づき最適化し、システム全体の動作を統合的に制御することで、極めて短期間で世界最高エネルギー分解能を達成した実績は特筆に値する。
XFELによるスピンダイナミクス解明と放射光における世界最高エネルギー分解能RIXS装置の立ち上げを二本柱とするこれらの業績は、時間軸とエネルギー軸の双方から物質科学の根幹に切り込む成果であり、放射光科学におけるフロンティアを切り拓くものである。
以上のように、山本氏の放射光科学における開発力と物理的洞察力は際立っており、第30回日本放射光学会奨励賞に相応しいと判断した。